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6.25.死んどるヒマはないー増永スミコ86歳」

 投稿者:又川 秀喜メール  投稿日:2010年 6月22日(火)10時28分43秒
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「死んどるヒマはないー益永スミコ86歳」
特別トーク決定!   時間は17時15分より17時50分
お話しは 大道寺ちはるさん
 大道寺将司さんの母親と養子縁組。
 大道寺将司くんと社会をつなぐ交流誌「キタコブシ」発信人。

いま一番心配なのは憲法9条!
ドキュメンタリー映画 68分 2010年ビデオプレス制作
益永スミコさんは、1923年大分で生まれた。助産婦として病院に勤務していた当時、多くの兵士を戦地に送りだした。戦後は、食べることに追われる日々がつづき、社会のことを考える暇もゆとりもなかった。彼女が変わったのは、47歳で労働組合を職場に作ってから。平和な社会、人間が人間らしく生きられる社会を目指すようになった。その後、アムネスティの活動から死刑囚の母にもなる。人権保護、死刑廃止、憲法9条を守る運動などに献身的にかかわる益永さんは、86歳の今もひとりで街頭に立ち人々に呼びかけている。
1回目 14時
2回目 16時
トーク 17時15分
3回目 18時
参加費
一般 1000円
シニア 800円




2010年6月27日(日)「ひと・まち交流館 京都」
2階 第1・2会議室 (河原町五条下る東側・075-354-8711)
主催:「心の教育」はいらない!市民会議
反戦老人クラブ・京都
ドキュメンタリー・フィルム・ライブラリー 問合せ 075-344-2371 マタガワ

「全身運動家」益永スミコさんとの出会い
バス 市バス17,205号統「河原町正面」下車
電車 京阪電車「清水五条」下車 南西へ徒歩8分
阪急電車「河原町」下車 南へ徒歩15分
JR「京都駅」下車 北東へ徒歩15分
立体駐車場 最初の1時間400円、以後30分ごとに200円

ビデオプレス  佐々木有美
わたしたちが益永さんと初めて会ったのは、2000年の夏ごろだったとおもいます。国労がJR不採用事件の四党合意で揺れていたときです。国労大会会場前に、四党合意反対の国労組合員と一緒に日傘をさして座り込みをしている小さなおばあさんがいました。話かけると、「私は昔、国労の人たちにお世話になったので・・・」という答えが返ってきました。その方が、三菱重工爆破事件(1974年)を起こした東アジア反日武装戦線「狼」のメンバー益永(旧姓片岡)利明死刑囚の養母であることを知ったのは後のことです。
 その後、田中伸尚氏の労作『憲法を獲得する人々』(岩波書店)に益永さんが取り上げられ、彼女の半生を知ることになりました。「こんな日本人がいたのか!」というのが、その時のわたしの率直な感想です。私の母と一歳違いの益永さんは、私たちの親の世代があいまいにしてきた戦争責任や天皇制の問題について、自らの行為も含めて、真正面から向き合っていました。たくさんの兵士を送り出してしまった自らの戦争責任を問い、二度と戦争を繰り返してはいけないと反戦平和運動に身を挺している益永さん。こうした益永さんの歴史認識、社会認識を作りだしたのが、助産婦として勤務していた病院での労働組合作りだったのです。労働組合運動に根っこをもつ益永さんの平和運動に私たちは注目しました。時はベトナム反戦、全共闘運動の時代、労働組合運動も光を放ち、人の生き方を決定づけるような力を持っていました。労働組合とは本来、人間の生き方を問うものであり、そこにこそ社会変革の根源があると思うのです。
そして2006年11月、国会前で偶然益永さんにお会いしました。戦後日本の第二の憲法と呼ばれた教育基本法の改悪に反対しようと多くの人々が集まっていました。その群集の中に身長145センチの小さな益永さんの姿を発見したとき、今回の作品作りが始まりました。いつも署名板とボードを持ち歩き、どこでも街頭宣伝を始める益永さんは「全身運動家」であり、その直接行動主義はますます輝きを放っています。理念と実践の間にいささかの乖離もない益永さんの生き方こそ、私を最も感動させるものです。(「死んどるヒマはない」制作者)

大道寺ちはるさんプロフィール
連続企業爆破事件で死刑判決を受けて上告中だった大道寺将司と交流を始め、1986年に将司の母と養子縁組して妹になり、87年の死刑確定後から「大道寺将司くんと社会をつなぐ交流誌 キタコブシ」を発信している。死刑廃止運動に関わりながら、東京・沖縄を経由して京都に戻り、京琉料理の店を営業している。
 
 
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