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和を尊び批判を許さず個性排除の集団主義

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 7月 9日(日)14時45分45秒
編集済
   日本人の国民性に関しては、実に多くの分析や評価が行われており、長所から短所に至るまで実に様々であります。あるものは皮相的なものでしかなかったり、一時代的なもの、一過性のものでしかなかったり、あるものは歴史を通じて何ら変わることのない根源的なものであったり、一体何が日本人の本質的な国民性と言えるのか、またその原因や背景に至っては、誰も明解に分析し解明できていないように思います。

 その中でも特に、辛辣に日本人の国民性の背景を分析したものとして、戦後出版された米国人ルース・ベネディクト女史の『菊と刀』、韓国人では、李御寧著の『「縮み志向」の日本人』、呉善花女史の『日本人を冒険する』、日本人が書いたものでは、土居健郎氏の『甘えの構造』、中根千枝氏の『タテ社会の人間関係』、最近では中山治氏の『無節操な日本人』などがあるようです。

 この国民性を決定する要因には様々なものがありますが、恐らく、宗教観や言語、気候風土、食べ物、法制度などが関係すると思いますが、これらからもたらされる国民性は実に複雑に絡み合っており、一つの側面に対して、一つの因果関係や相関関係を画一的に決定付けることは不可能に思います。また物事には表裏があり、この国民性に関しても、時代環境によっては、長所が時には短所にもなり得、また逆もあり得るものであり、長短は誠に表裏一体であるように思います。

 それ故に、多くの有識者でも、適用する環境や時代背景により、また根源的と見るのか、皮相的なものと見るのかによっても、見解が大きく分かれていくように思います。当方は、特に日本人の場合には、世界と大きく異なる要因に日本語という特異な言語が関係しているように思います。即ち、本来の日本語に加えて、世界中から渡来したと思われる、複合多民族国家による多言語複合社会の形成が大きく影響を及ぼしてきたものと思います。

 勿論、その言語の背景には、海や山の幸に恵まれた豊かな自然環境や食べ物、四季の明確な気候風土などがあり、また国民性を規定する法制度も関係していることは明らかでしょう。法制度で言えば、先の『菊と刀』のベネディクト女史は、日本の「封建的階層社会」に原因を求めておりますが、この封建制度は世界中に共通のものであり、上意下達の人間関係は今でも軍隊では世界的に残存しているもので、何も日本独自のものではありませんし、国民性に関係あるとしても、これは単なる皮相的で一時的なものでしかないように思います。

 まずは日本古来の法制度を検証してみますと、聖徳太子が制定したとされる十七条憲法があり、その第一条には、誰もが知っているように、「和をもって貴(尊)しと為す」と書かれており、そこから日本人の調和主義、平和志向、集団主義などが指摘されております。しかし、この次に何が書かれてあるのかに対しては、あまり注意して知っている方は少ないように思いますが、「一に曰く、和をもって貴しと為し、忤うことなきを宗とせよ。・・・」とあり、実に逆(忤)らわないようにして和を保ってきたということです。

 日本語の形成過程を見ても、本来の日本語という言語特有の性質に加えて、この聖徳太子の十七条憲法の基本的精神により、無益徒労の対立や摩擦を極力回避して、それなりの国内の平和的統治を求めて、喧嘩両成敗をなして国民の調和を図ってきた政策的な要因が、実に日本語や国民心理に色濃く反映してきた面があると思います。例えば、人間関係を重視し上下のタテ社会を規範し、相手を気遣う敬語や謙譲の精神が、道徳、倫理や礼儀の美徳となって穏和で調和的で和の精神に育み、今日指摘されるように、集団主義、相互扶助などの国民性形成の源泉となってきたものでしょう。日本には大した革命事件も起きなかったのは、革命という破局に至る前に、対立や葛藤を未然に防止し回避する本能や智恵が、醸成されて来たものでしょう。

 然るに、この和を尊ぶあまり、逆らわないことを旨とする精神は、ある面では、出る杭を打つ、長いものに巻かれろ、沈黙は金、などという国民性を支配する格言を生み出し、議論や批判や反論、主張、個性を封じ込めて圧殺して沈黙を強制し、万一、対立することがあっても、白黒や善悪、勝敗を決することさえすることなく、喧嘩両成敗で決着する傾向も強かったように思います。歴史的には、良き面を形成してきたのも確かですが、逆に、表面的な忠勤や奉仕、謙譲の美徳とは裏腹に、その反動として、平気で寝返ったりする裏切りや密告の多い、無節操で変節的な心理や行動を形成してきた背景があったのではと思います。正に大和の国とは、争いや対立を友好的・調和的にも、また強制的・排他的にも回避させて来た「大いなる和」の国であったものでしょう。

 日本社会の場合には、普段は和気藹々とした和の精神を形成して、表面上は穏やかに見えますが、陰では、抑圧され封印された怨念や欲求不満が隠っているがために、いざとなれば組織や国家社会がバラバラになっていくように思います。この因果関係も実に、表の建前と裏の現実との相関関係があるように思います。この点は、激しい議論をやって対立しているように見えても、いざとなれば一つにまとまる多民族社会の米国とは正反対のようです。むしろ、日本も、世界中からやってきた複合多民族社会であるという真実を明らかにした上で、自由に議論し批判する闊達な社会であれば、普段はバラバラでも、いざとなれば一つにまとまって、真の和の社会が生まれるものでしょう。しかし、あまりにも単一民族社会であることを強調して、抑圧制御が強すぎたのか、日本では全く逆に至ることが多いように思います。

 この日本人の国民性は根本的に歴史を通じて、恐らく、単一民族を和合した大和の国の建国以来、何ら変化していないように思います。しかも日本人の国民性が、実に日本人社会や心理を誘導した政策と絡んで、言語にも影響を及ぼして形成されてきたことには、多くの国民は案外気付いていないようです。勿論、こうした政策にも長所も欠陥もあり、これまではかなり効果的であったもので、何も全てが駄目であったものではありませんが、現在ではむしろ欠陥が大きく浮上して、長所が短所に転換してきたということです。

 日本人の国民性を様々な角度や観点から検討していきますが、これらは単純に単一の原因や背景に集約できるものではなく、実に相互に関連を有し、密接に複雑に絡み合っているものです。それでも、最大の根底にある要因は、逆らわないことで批判を封じ込めて、和を尊ぶことを強要し強調してきたところにあろうかと思います。表題の「和を尊び批判を許さず個性排除の集団主義」も、見方を変えれば、喧嘩両成敗や、出る杭を打つとか、沈黙は金とか、長いものに巻かれろ、などの抑圧や諦観を生みやすく、また嫉妬や妬みなどの葛藤を生じやすく、更には曖昧で情緒的な感性や判断、無責任で狡猾な欠陥をもたらすなど、実に相互に共通しているものであろうかと思います。

 また、逆に、出る杭を打つや長いものに巻かれろの抑圧や諦観に反発・反抗して、大胆不敵な挑戦意欲や正義感を発揮させてきた面もあり、更には、集団の掟に従順で素直に従っておれば、実に寛大で相互扶助の精神が発揮されてきたのも事実でしょう。それらの精神や心理が日本語の性質と合わせて、日本語自体の形成にも大きく影響を及ぼしてきたものと思います。

 さて、個人主義の欧米人は、個室を与えられると集中して仕事の能率が上がるが、日本人の場合は、個室を与えられると、誰も見ていないことで勝手な内職を始めると言われます。これからすると、日本人の集団主義とは、周囲から相互に監視されているからこそ、横並び思考で、一生懸命に安心して頑張ることが出来るというもので、これは換言すれば、個、個性、個人が成熟し確立していないとも言えるでしょう。正に、日本人は集団では強いが、集団から離れると、バラバラになる国民性であるとの証明にもなるでしょう。
 


一網打尽の殲滅を狙った壮絶な戦いが始まった

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 7月 5日(水)22時38分3秒
   最近、まぶたがピクピクと痙攣を起こしていたが、これは、普通の者が経験するような単なる眼精疲労ではなくて、霊が近寄ってきているもので、普通の者にはなかなか現れないと言うものだ。心魂のレベルによるもので、心魂が清浄で高くなければ現れにくいものであろうと思われる。もっとも、同レベルの心魂に同調して付着して、祟りや災難を招来させる場合はあるが、まぶたのピクピクとは、そんな悪さを働く付着とは異なるものだ。

 人間の一番敏感な所こそ、まぶたであり、ここに霊的現象が現れると言うことだ。即ち、霊が接近してきていることが一番よく現れる場所がまぶたであり、それもピクピクと小刻みな痙攣によって、現れると言うことである。

 この痙攣は、苦怨に満ちた霊が接近してきているものであるが、ただ接近してきているということだけで、その正体は定かではない。即ち、当方に好意的な者なのか、悪意的な者であるのかは解らない。そして、それが死霊なのか、生霊なのかも解らない。前に、口論した奴らの怨念、あるいは身近なところからの嫉妬・妬みが来ていることも考えられるが、その内に正体を現すであろうと思っていた。

 それに、苦痛、苦悩、懊悩、苦怨に満ちた霊であろうとは解っていても、より神聖で崇高で光輝な心魂に対して、救助を求めて縋ってきている善意の場合もあり、また嫉妬や妬み、怨念で悪意で近寄ってきている場合もあり、一概に退散せしめることは出来ず、暫くは様子を見ていた次第であった。悪意の霊ならば、一挙に退散せしめることも可能であるが、救助を求めて縋ってきている場合には、一体誰が霊的に救助を求めているかかが解らない限り、時間を掛けて去っていくのを待つしかなく、無碍に排除できないからだ。

 当方にはよくこう言う経験がある。例えば、誰かが、「あの人(私)が傍にいたら良いのになあ」「あの人(私)は今頃どうしているのかな」と思えば、矢張り、心魂が通じて、まぶたにピクピクと痙攣が走って、霊的な知らせや暗示がある場合が多い。その場合には、不思議と、痛みや苦痛までもが伝わってくることも多い。よく咳き込んだり、だるく感じたりする時も、そうしたケースであることが多い。その際には、心が通じている相手は、その間は、本人の痛みや苦痛が和らいでいることが多いものだ。

 しかし、嫉妬や妬みでやってくる場合もあるので困る。その場合にも、同じ症状が現れるから、一体、相手からの発信が如何なるものであるのかは解らない。当方に向けて、強烈な怨念を発してくる場合にも、同じような苦痛やだるさを感じることも多い。下手すれば、この怨霊に負けてしまって、なかなか回復できないことも多い。それを回避するには、余りクヨクヨと心配して、波動・波徴的に同調しないことであり、神経質に気にしないことが大切であろう。気にすれば益々魔にやられていくことになるからだ。

 そうしている内に、悪意に満ちた投稿があった。恐らく、この怨念が痙攣の原因であったのであろう。この投稿への反論を、昨日、書いて掲載したことで、不思議とまぶたのピクピクの痙攣が治癒し解消していったように思われる。矢張り、この痙攣は、嫉妬や妬みの怨霊、生霊から来たものであった。

 この掲示板を見ている方々は、こうした非難中傷、阿諛嘲笑、揶揄冷笑、罵詈雑言の悪態に如何に対処されるであろうか。怒り心頭に達してそのまま削除するのか、神経が参ってノイローゼになるのか、正々堂々と反論するのか、その場合に如何なる反論をするのか、何れの対応を成されるのであろうか。クヨクヨと考えては、心魔に襲われて、魔に負けていくことになるだろう。

 削除して無視することが一番であるが、当方は、二度と近付かないように、魔と勝負して退散せしめることにした。今後とも、魔の総攻撃が開始されていくからで、今後のこともあって、ある程度、魔に思い知らしめることも必要で、当方にも抵抗力が付くからだ。この魔とは、キツネやタヌキ、ムジナやイタチなどの畜生死霊魂であるが、人の心魂に忍び寄って潜入し、即ち、憑依、付着、感応して働き掛けてくるのである。

 ところで話は横にそれるが、魔への同情は禁物であろう。魔には強く対峙することが大切だ。例えば、車に跳ねられて死んでいるネコなどの始末や対応を誤ると危険であると言うことだ。どういうことかと言えば、下手に同情すると、ネコの死霊が、「可哀想に思うなら何とかしてくれ」と縋ってくるからだ。メニエール病なども、こうした憑依が関係していることが多い。むしろ轢き殺して、「ボヤボヤするな」などの強い心には憑依しないものである。

 つまりは、死んでいるネコへの同情心に、ネコの死霊が憑依し、残酷な心には不思議と憑依しないからだ。もっとも、ネコによっては、その折の相手の心次第では、恨みや祟りとなって、仕返し、復讐が襲ってくることもある。魔とはある意味では、大変怖いものであるから、弱みを見せると付け上がり、逆に強くでると、恨みや嫉妬で逆襲することもあるから、要注意であろう。

 そこで、万一、近付いてきたり、出くわしてしまった場合には、魔との対決には、逃避しないで、堂々と対話で退散せしめることである。ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うで、問答形式で、言葉で雁字搦(がんじがら)めに討ち取ることである。狡猾巧妙なのが魔の正体である。

 なお、人間の死霊が来る場合には、寂しがりの心に来て、畜生死霊が来る場合の心とは、お人好しの心である場合が多いものだ。また、学識者や有識者には、学識、知識が邪魔して、外部からの霊的憑依はないものの、また霊感こそないものの、心に心魔が生じやすく、結果的には魔に支配されて行きやすいものだ。

 そして、学識者や有識者ほど、素直で清浄な心魂を形成するには程遠く、口達者で詭弁を弄しやすくなって、自己の本能を防衛するに長けて、悪質で紳士面して、外見と内面とが大きく異なり、腹黒い魔に取り憑かれていくことが多いものだ。むしろ、学識や知識も大してない者ほど、素直に真理に耳を傾けて行きやすく、学識者や有識者ほど、なまじっか、学識や知識が邪魔となって雑念・妄念に囚われて、猛反発を感じやすいということだ。

 掲示板投稿者に対する当方の反論こそ、出版社破産を通じて、魔の総攻撃を食らって意気消沈している当方に取って、実に、まぶたのピクピクも消え去っていくようで、これを契機に、心機一転となって行くであろう。既に、身命を賭した魔との壮絶な戦いが始まっているのである。実に、身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれの、何物をも失っても平気な背水の陣を敷いた心魂でこそ、襲い掛かる魔を迎え撃っていけるものであろう。

 ここで知り合った方々には、機縁とはいえ、決して、旅は道ずれ世は情け、袖振り合うも多生の縁、縁は異なもの味なもの、など言った甘いものではないであろう。少なくとも、私にとっては、今回の著作の出版は、身命を賭した魔への挑戦であり、誘導であり、最終的には、一網打尽の殲滅を狙った壮絶な戦いの火ぶたを切って落としたものであった。

 国家社会の指導者の殆どが、当方の著作を無視していることは、単なる無関心、無感動ではなく、実に心の奥底で、仏身の聖心先生に対して、嫌悪、中傷、反発などの、魔の猛攻撃を開始しているものだ。
 

会社は誰のものか

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 6月23日(金)21時54分3秒
   会社は株主のものだと公言する有識者も多いが、全て株主のものではないと言うことで、間違った見解であろう。会社を構成するのは、投資した資金と、それを運用する従業員や経営者である故に、その面からも、資金を投資した株主だけのものではないのは明らかだ。

 これは、単純に、発明を巡る権利について考えてみれば良く理解できるというものだ。かなり前までは、国家プロジェクトの成果にしても、従業員による発明にしても、全て資金を提供した側の権利が優先していた経緯があった。即ち、成果や発明というものは、資金だけでは生まれず、また智恵だけでは世に出ることもなく、実に、智恵と資金の協力で成立するものであるが、智恵を出した者よりも、資金を出した側に権利があると言う見解が横行していた時期があった。

 これもかなり前に改められてきている。即ち、智恵を出した側と資金提供した側との折半である。これからすると、会社も、資金を提供した株主だけのものではなく、それに基づいて成果を生み出した経営者や従業員にも、会社に参加して利益を享受する権利があると考える方が自然であり合理的であろう。

 会社は株主のものであるとの見解は英米流の企業に見られるものであるが、ドイツでは、会社は経営者と従業人と株主の三者によって構成されるという見解である。また日本では株主の権利が軽視されてきたし、それに、従業員の経営参加もなく、実に、会社が経営者の私物化されてきた経緯があったことは否めない事実であろう。

 そんな反省から、いきなり、英米流の会社は株主のものだと飛躍した見解になるのであろうが、これは根本的に誤った見解である。先述したように、発明の帰属を考えて見れば、その変遷が明らかであり、必ずしも、資金の提供者のものではないことが、真実であると気付くことであろう。
 
ケータイで撮った動画を掲示板に投稿

昨日は過分なお布施をいただきまして有り難うございました

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 6月20日(火)23時10分29秒
   昨日は過分なお布施をいただきまして有り難うございました。早速、聖心先生の御霊前にお供えしました。今後とも、聖心先生のために活用させていただこうと思います。

 先の一連の著作で人生最大の大勝負を仕掛けましたが、某巨大銀行の融資見直し・貸しはがしによる出版社・碧天舎の破産により、当初の目的を充分に達成できなくなりました。既に、1冊目の本に対しても、多くが原油高騰に危機感もなく、無関心、無感動、無理解の中で、他方では多大な嫉妬や妬みを痛感し、不気味で不吉な予感が走っておりました。

 恐らく、私の著作が世に出ては困るという邪悪な魔の妨害、抵抗、邪魔、対抗が、霊的因果関係として働いたものでしょう。しかしながら、私が一方的に損害を受けたものでもなく、この影響は何倍にも跳ね返って行き、邪悪で猜疑な想念の一掃・廃絶となって、2006年6月6日を境に、闇の世界支配権力の虚構体制の崩壊へと繋がっていき、身命を賭した壮絶な戦いが始まったと思います。その意味では、決して多額の投資の大勝負が間違っていなかったと思います。一部の霊感者は、2006年6月6日から世界支配の権力が崩壊し始めると予言しますが、一体何が契機となるのかは解らないようです。同封のコピーは、私のホームページ全体の目次を紹介したもので、ご参考までにお送りします。

 一連のホップ、ステップ、ジャンプの出版は、後日、国民が無視して壮絶な懺悔となって、後世の歴史家が解明する歴史の記念とするものです。恐らく、外国に出し抜かれて一部の先見性のある方々のみが懺悔する方が勝っているように思え、それ故にこそ、3冊目の本と併せて、国民全体が無視し猛反発するからこそ、天下の大掃除が出来て、2冊目の、「日本人の国民性では駄目だ!」の副題の本が生きてくるように思います。即ち、画期的な火山灰技術や聖心先生の歴史的大偉業を無視した国民性に対して、糾弾するものです。

 ところで平時において、積み荷の日本語の問題を思考するのは容易ではありません。正に難破寸前になって、思い切って積み荷を捨てるのか、それとも頑固に積み荷を死守して船もろとも沈没していくのかの、正に開国か、尊皇攘夷か、内乱化かの、幕末動乱時と酷似した歴史的選択に差し掛かって来たと言えるでしょう。余ほどの先見性や洞察力がないと、明確な将来展望が描けないのが通常の意識構造でしょう。真実は歴史が証明していくでしょう。幕末時でも、頑迷な尊皇攘夷に固執しておれば、日本は内戦の大混乱を迎え、列強に付け込まれていたことでしょう。今正に、日本語の問題で国家崩壊の因果関係に行き当たってきたと言えるもので、そのための警鐘を鳴らす問題提起の著書であり、新しい理念構築に向けて、完成し実現した暁には、末永く維持・発展を祈念するべく、無節操な変節漢の国民性を変革するためであります。

 この国家破産に向かっている国民性こそが、実に日本語に原因を有していると指摘するもので、これも誰も解明していない歴史的な研究成果であります。そして一部の有識者が混乱に気付いていても、美しい日本語や正しい日本語の復活とか言った曖昧模糊の迷走的な解決策か、カタカナや漢字を排除して言語鎖国をしろとか、ひらがなやローマ字表記にしろとかの硬直性に陥っており、全く時代に逆行する保守頑迷なものでしかありません。それに、目下、小学校や幼稚園から英語教育とかで、既に実施しているところも現れており、現場も大混乱しているようです。その現状に対する歴史的な問題提起でもあり、身命を賭して人生最後の勝負に賭けたものです。

 なお、日本語的発想や思考がその内に世界から見直されるなどと超楽観論を述べたり、一体何処が危機なのかと居直る者もおりますが、過去の国難の歴史的突破は国内外の環境によるものが大きく、むしろ今や、日本語的思考が、曖昧無責任で問題解決先送りの優柔不断で、健全な将来展望も描けないで、その辺の因果関係を誰も整理し理解できずに、実に国家を財政的にも、道徳的にも破産に導こうとしているものです。また、色々な考え方があるのですねなどと、傍観的無責任に感想を述べる方もおられますが、それこそ、結論や選択、評価や判断を曖昧にして、建前的な相対的思考しかできず、優先順位も判断できず、近視眼的な日本人特有の心理や発想でしかありません。

 私は著書の中で、英語の圧倒的浸透の中で、日本語が次第に混乱し衰滅していくのを座して待つのか、言語鎖国をするのか、それとも思い切った歴史的大転換を成し遂げていくのかの、正に歴史的選択の岐路に来ていると指摘するものです。ただ日本人自ら積極的に、日本語を見直さなくても、2008年の国家破産でIMF管理になると、かつてのマッカーサーのように、外国から強制されて実行される可能性も高いでしょう。その折に際しても、悲観絶望的になるのではなくて、むしろそのような事態を招来した国民性を変革する好機と捉えていく問題提起をしているものです。まだ国家破産していないなどと言う方もおりますが、日本人はどうしようもなくなって始めて目覚める国民性でしょう。しかし、今度ばかりは簡単には立ち上がれないでしょう。

 ところで、現在の日本は国民貯蓄が1400兆円もあるとかで勤勉性が指摘されておりますが、これも見方を変えれば、自分のことだけ考えて貯め込んだとも言え、既に過剰貯蓄が経済の循環を阻害し、消費や投資を減退させ経済をおかしくしたとも一部の有識者からも指摘されております。それに、他方では、GDP比で2倍の歴史的にも例のない1千兆円もの巨額の公的債務を抱えており、これもある意味では、自分中心の利己的に考えて税金の国家予算にたかり奪い合い、後世のことや国家社会全体のことを考えてこなかった結果とも言えるでしょう。最早、2007,8年頃から国家破産の危機が表面化することでしょう。それ故にこそ、2006年内にも開始される米国のイラン攻撃と、それに伴う対抗措置として、イランによるホルムズ海峡封鎖による原油高騰と併せて、一挙に危機が表面化して来るに連れて、私の一連の本も注目を浴びてくることを期待するものです。景気が上昇したと浮かれている背後で、壮絶な原油争奪戦が進行中であります。

 中には、未だに日本は国家破産などしていないなどと吹聴し、将来を適確に把握できずに危機意識もない国民性では、矢張り、危機が目に見えて本格化しなければ、正常に思考展開できないでしょう。実に戦略的思考、未来思考に欠け、危機感を喪失した曖昧情緒的な先送りの欠点を有するものです。何よりも、数千年来の画期的な火山灰技術や、また数千年来の仏身顛化の歴史的大偉業を達成された聖心先生のことなど、実に崇高なことにも懐疑的で理解も評価も出来ない国民性であります。ある意味では、両極端を排除してバランスを取ったりして柔軟性を有しており、最も歴史的宗教改革を為し得る可能性を有した民族性でもありますが、他方では、最も早く崩壊せしめる無節操さを有した国民性でもあります。要するに、宙ぶらりんのちゃらんぽらんな変節漢的で、良いものでも、真に理解も評価も出来ずに、簡単に捨て去るような実に飽きっぽい好い加減な国民性でもあります。

 ところで、最初の火山灰関係の本は、昨今の厳しい原油高騰の緊迫した情勢を反映して、広く国民の関心を期待して、マスコミや政財官界に配布したり、チラシだけでも企業やマスコミ、地方自治体や在日外国大使館など全部で1千カ所も郵送し、また様々な会合などでも、総計2万枚ほど配布し、メールだけでも1千通もの送信してきました。然るに、日本人特有の近視眼的で危機感も危機管理もなく、自分中心で利己的な国民性もあって、大して関心を持たれることもなく、25年前と何ら変わりのないもので、殆ど無視、無関心、無感動の状態でした。もっとも、単にチラシを送付するだけでも、神聖で清浄な波徴を発信して、邪悪で猜疑な想念を一掃し廃絶して、充分な影響や効果があるというものです。

 壮大な国家プロジェクトを実行できる実行力と構想力に富んだ政治家や評価する者もなく、中味の実行にまでは至ることもないようです。今後の激動の国内外の情勢の進展や外国からの関心に期待するばかりですが、万一、世界が注目しなければ、壮絶な原油争奪戦に突入して世界が崩壊するは必定でしょうし、また崩壊して既得権益が破綻しなければ、新しい理念に基づく国家社会の建設など不可能でしょう。一連の当方の本は、正に、昨今の原油高騰や、2008年頃に襲来する日本の多額の公的債務による国家破産に焦点を合わせて、新たな国家社会の建設に向けた指針・展望でもあります。実に、私の人生の運命と国家や世界の運命とが不思議と重なってきたように思います。

 万一、国民が差ほどの危機意識もないままに、国内的に大した大混乱や波乱もないままに、一方的に神風などが吹いて、日本が危機を突破して救済されることがあれば、私の提案したプロジェクトも採用されることもなく、また私が浮上することもなく、歴史的大改革の気運も歴史の闇の中に消えていくことでしょう。目下、中国の大躍進で日本経済は息を吹き返して、ある意味では、中国は日本経済復興の救世主になったわけですが、今後とも、中国によって日本が大々的に生き返っていくことがあれば、正に神風が吹いたとも言え、永遠に歴史的な改革も消えていくことになろうかと思います。他方で、中国自身も国内外共に大変な問題を抱えており、崩壊か大躍進かの歴史的岐路に掛かっているようです。

 米国も、2003年イラク戦争の開戦当初に私が予想した通りに、今や国内の大混乱で、16万の兵士によってもテロ攻撃を沈静化できずに、イラク制圧による原油支配にも進退窮まりつつあり、国内でも財政と貿易の巨大な双子の赤字を抱えており、ドル崩壊の危機に直面しつつあるようです。今年中には、米国による更なる開戦か米国の撤退か、軍事的にも大きな変化が生まれるでしょう。

 正に、日本に神風が吹いて、知らずの内に救済されるよりも、崩壊の危機が急迫化しているようです。その意味では真の神風になる革命の嵐が巻き起こる可能性も高まっているように思います。むしろ、危機が急迫する中で、救世主的勢力の登場により、正に真の神風が吹いて救済されていくことを祈念するばかりです。即ち、現在の指導者階層、支配階級の下での神風が吹いた救済よりも、大幅な指導者階層の交替による意識変革及び改革の実践による流れの変化であろうと思います。それでなければ、真の歴史的且つ世界的な改革が巻き上がっていかないであろうと思います。恰も、幕末明治の維新においても、旧勢力によるものではなく、実に、下層階級による下からの革命に他ならなかったし、またそうでなければ、既得権益の一掃や既成概念の打破に向けたものとは成り得ないでしょう。

 なお、最初の本は、某新聞が主催する地球環境技術賞にも応募しておきましたが、審査委員の方々が何処まで理解できるのか解りません。最後は米国辺りの外国から注目されることを期待するばかりです。最初の著作の中には、実に、世界的大発見に値する仮説が豊富に含まれているものと自負しておりますが、果たして一体誰が気付き評価し採用していくのか全く解りません。恐らく、普通の感覚から言えば、歴史の闇の中に埋没していき、後世の歴史家が解明することでしょうが、今や2012年のフォトンベルトで太陽系全体が宇宙の強力な電磁波帯に突入することで、地球的規模の大惨事の到来で地球の滅亡がまことしやかに指摘されており、他方でアカデミズムの世界は全く無視しております。恐らく、このままでは人類は再度、石器時代を迎える可能性もありますが、他方で、次第に、人々が知らずの内に意識の変革が迫られるように、神聖で光輝な波徴が充満し蔓延し伝播していくように思います。

 ところで、最大の敵であるイルミナティ・ユダヤ・フリーメーソンの連中がピラミッドに拘り、ドル紙幣の裏側にも印刷して崇拝しているのも、実にピラミッドの建設に魔力が行使されたからに他なりません。ピラミッドの解明も、著作でも指摘するように、単なる歴史考古学的分析から、砂漠の砂、即ち火山灰を使った人工火山灰コンクリートであることに至り、更にはそれをも大きく超えて、実に魔力が行使されたことまで解明していかなければ真の解明とはならないでしょう。イルミナティの連中はピラミッド建設の魔力を知っている故に、今でも悪魔崇拝、魔力崇拝を数千年間に亘って実行しているものです。

 しかし、この悪魔崇拝の邪念波動も、既に2000年以降は大きく破綻してきており、2005年秋から2006年に掛けて、不思議と今回の一連の出版の時期を契機に、世界の虚構体制も崩壊し始めているように思います。これまでは、彼らが計画的に仕掛けた戦争や革命、混乱でしたが、今後は神仕組みによる天下の大掃除であり、邪悪な連中も制御不能に陥って、自縄自縛、自業自得、因果応報で巻き込まれて破綻していくように思います。一連の本は正に、国家を変え、国民性を糾弾し、世界を変え、実に、数千年来の国内外の常識、通説、慣習、意識を根本的に問題提起し、併せて歴史的な大変革を志向するものです。今後は、歴史的世界的な激動を通して、闇の世界支配権力側の崩壊と懺悔、協力を伴って、5〜7年間を掛けて、日本から世界的改革の気運が生じてくることでしょう。

 なお、先の「新日本列島大改造の実践に向けて」の本は、日本人の大多数の国民性では殆ど灯台下暗しで理解できずに無視していくことでしょうが、私は世界が注目することを期待するものです。恐らく、世界中何処を探しても存在しない人類未知の謎のカバー写真から、世界のノーベル賞クラスの研究者が気付くことでしょうし、また気付かなければ、今回、著作で提案した国家的プロジェクト自体の壮大さにも気付くこともなく、世界は資源・エネルギー問題で大きく行き詰まっていくことでしょう。他にも、画期的な提案が多く含まれておりますが、日本人の猜疑心旺盛な国民性では理解も評価も不可能でしょう。他方で、この著作から、世界の霊感者が不思議な波動を感じて来ることでしょう。

 私の一連の本は、実に失われたムー大陸などの超古代文明における魔力崇拝の実態や崩壊の真相、古代ピラミッドの建設技術や材料、手段の解明、そして来るべき地球規模での天変地異の回避に向けて、何らかの示唆を提供するものです。

 なお、今後書くべき本は、司法や行政、立法などの具体的な法制度の整備に関するものとなるでしょうが、既に資金的にも限界があり、また、これは然るべき社会的地位にあって実行可能でない限り、著作で書いていくものではないように思います。そうでないと、多くの出版物と同じように、単なる評論で終わってしまい、何ら社会的改革へのインパクトにも成り得ません。今回の本は偶々緊急性があって紹介したものですが、それでも全く無関心の状況でしかありません。そして第2冊目の国民性と日本語との関連性に関しても、1,3冊目の本を無視する国民性を糾弾し、また誰も指摘していないこと故に、後世の歴史家が先見性や洞察性を解明できるように解明して、記録に残しておくものです
 

先生へ!

 投稿者:H某  投稿日:2006年 6月 6日(火)21時44分58秒
編集済
   先生へ!

”愈々檜舞台に登場か!”
燃えたぎるマグマを内に秘めながらも時を待っていた−−−。
ひたすら雌伏ウン10年!

抑えに抑えてきたマグマが止むに止まれず、噴火点を求めて遂に地上に噴出した。
 スポットライトを浴びて世に出てきた。!
何はともあれ、祝杯を上げましょう。!
平成17年11月30日
   天下の素浪人〜 H某
 

著書を献呈します

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 5月21日(日)10時02分19秒
編集済
   本日、早速5部ほどお送りいたします。この本は決して売名によるものではなく、25年前の雪辱を期して再度、身命を賭して全世界に訴えるものであり、国内外の経済的窮状を打開する解決策を提示するものであり、中には世界的、歴史的研究の対象になるものも示唆されております。これを無視するか否かで、人類の未来に対する明暗を決していくことになろうかと確信しております。日本が率先して実践しなければ、米国などの外国が関心を示して実行するのは必然でしょう。

 恐らく、優柔不断、曖昧模糊で問題解決先送りの役人根性的無責任が蔓延する日本人社会では、後で大きく後悔、懺悔する可能性もあり、当方としてはただ高みの見物で見守るしかありません。それに、この本には、大変な特許性のある技術に対する示唆も含まれております。敢えて、当方が特許を取らないのも、売名や利欲、打算からではないからです。

 もっとも、当方を採用すれば、国家的レベルで特許取得等の国家的戦略を指導することも出来ますが、何の要請もない中で、当方が、外国勢に先手を打たれていくことを懸念して、国家防衛のために特許を取得しても、現在の無視、無感動、無関心の国民性の前では、当方の愛国的行動も、単なる利権獲得、売名行為と疑われていくしかありません。

 さて、当方のHPを高く評価していた某霊感者が指摘するところによると、何と、2005年からは宇宙の波動が大きく変わって、特に、昨年の11月をもって、闇の世界の虚構体制に大きくヒビが入り始めたと言うことです。12月には更に顕著になって、とうとう、崩壊過程に入ったと言うことでした。そして明けて2006年からは、何と、火山国日本から世界の歴史的改革の気運が誕生していくことであろうと言うことでした。正に、虚構体制の崩壊と、未来への創造とが交互に織りなして、2012年までの7年間掛けて、日本が主導して世界的改革が実践されて行くであろうと言うことでした。この背景には、破壊を司る龍神と、創造を司る鳳凰とが相協力して推進し、また大日如来と不動明王とのご活躍があるとも言っておりました。案外、当方の著作出版が関係するのかも知れません。

 この霊感者を始め多くの霊感者の方は、霊界の波動の動きを特殊な能力でキャッチ出来るというものの、一体、何が原因、背景であるのかは何も気付いていないように思います。もっとも、以前には、当方が某財団に投稿した400字の小論文の日本の改革試案(全体で700件応募中で、当方が80件も投稿)が、将来は、中央官庁の優秀な若手が、具体的に検討して行くだろうと言っておりました。

 なお、当方の千頁のHPは、最近は殆ど更新もせずに、そこで展開した見解を著作にしたものです。今後は、具体的な法制度の改革試案を出版していきたいものですが、これはむしろ、然るべき地位を得て戦略的に実践するもので、本などで予め詳細に公開するものではないのかも知れません。3冊目の本の題名を若干修正しましたので、新たなチラシと共に、某財団への投稿文も参考までに同封します。

 なお今回の本は、当方が入会する某公共政策学会にも、学会賞を狙って応募しておきました。しかし、審査員が、法律、経済、社会などの文化系ですから、殆ど真摯な評価は期待できないでしょう。

http://www.nikkei.co.jp/events/chikyu-kankyo/

 
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全てを相対化する社会

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 5月11日(木)22時03分23秒
   在日韓国人の作家の呉善花女史は、『日本人を冒険する』の中で、日本人の国民性に関して「全てを相対化する」ことを指摘しておりますが、これは換言すれば、何事も絶対的なものには極力嫌悪し排除して平均・平準化するもので、出る杭を打つとか、集団主義や横並び志向にも通じるものであろうと思います。

 自ら主張もしないし相手にもさせない国民性は、様々な見解や主張に対しても、その適否や賛否を判断をすることなく、見事に相対化していく国民性が蔓延しているようです。例えば、何か意見を言えば、「それは貴方の見解でしょう」とか、「そういう言い方もあるのですね」「貴方の考えを聞いているのではない」と言って、それに対する自分自身の見解を表明することもなく、それで終わりにしてしまうことが多いようです。これでは、自分自身が議論の中に入り込まないで、あくまで傍観者的に振る舞って、相手の意見も頭から無視していくことにさえなりかねないものです。これでは議論にもならずに、日本人自身の議論下手の国民性にも通じることであろうと思います。

 日本人の会話では、よく「必ずしもそうではない」と些細な例外を挙げて、相手の意見を根本から否定することがあります。誰しも百%の確率で見解を主張しているものではなく、概してとか、一般的に言ってとか、原則としてとかを付け加えなくても省略して、大体の感覚で言っているもので、少なくとも例外があるのが常識と言えるでしょう。しかし、日本人の場合には、原則と例外の区別がつかずに、僅かな例外を大きく指摘して、結果的には、原則を全面的に否定したり、原則と例外とを交換したりして、曖昧にしてしまう傾向が強いように思います。普段の思考や行動でも、一体、何が原則であり、例他なのかを厳しく峻別することも出来ずに、全ては曖昧に終始してしまうように思います。これは一見すると、バランスを取った中庸の感覚のように見えますが、見方を変えると、相手の意見を適当に料理し評価するものですが、背後には自己自身の意見と言うものがないということでしょう。先ほどのような「それは貴方の考えでしかない」とか言ったり、また「貴方ばっかり話すな」と言う割には、自己の独自の主張、独自の見解もなく、相手の意見に対しても傍観者的な無関心になっていくことが多いように思います。

 また、この日本人の相対的な感覚は、西洋やイスラムのような一神教的な絶対的な神を認めることを極力嫌悪する国民性でもあり、八百万の神をバランスよく何でも平等に信じる多神教に向き、外部から伝来してきた宗教にも簡単に伝染し受容していくような寛大性や柔軟性を有しているものです。そして現在では、国内で巨大宗教が氾濫し興隆しているというものの、国民の大多数の意識としては無宗教であり無信仰であり、信じる宗教の実態は、実に現世御利益宗教に他ならないというのも、日本人の絶対的なものを嫌悪する国民性に通じているものと思います。

 この国民性は、本能的に独裁を嫌悪し排除する面では、国家社会の運営には効果的な面もあろうと思いますが、ある意味では、絶対的な真理に対しても、排除していく傾向が強いと言え、真の解決策や指導者や、崇高な理念や思想に対しても、ある程度距離を置いて傍観者的にみる傾向をもたらし、無感動や無関心、無気力にさえ至る側面を有しているものと思います。また、この相対化は、曖昧情緒性や近視眼的性向とも相俟って、明確な判断思考を妨げていくために、時には、崇高と低俗、高尚と高慢、真剣と独善、信念と頑固、本気と邪気、善意と偽善、繁栄と虚栄などの区別も付かず、指導と命令、協力と服従、批判と中傷の差異にも思いが至らずに、迷走していくことが多いように思います。

http://www.nikkei.co.jp/events/chikyu-kankyo/

 
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出る杭は打て、沈黙は金の日本社会

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 5月11日(木)21時59分28秒
   日本では裁判も少なく、紛争の約三割しか裁判で解決されず、他は大抵が曖昧な喧嘩両成敗、野合や談合により、官僚や政治家、有力者などが間に入ってその権威などにより解決されてきました。合理的な法治国家と言うにはほど遠く、実に権威重視で顔を立てる人治社会とも言えるでしょう。これまでも官僚が法律を作成して国会答弁で成立させ、自ら行政指導で実行して判断してきており、所謂、官僚主導の官治社会でありました。正に今、司法改革として、官主導の行政主導から民主導への大きな流れの中で、裁判も国民の側に取り戻そうとしているのは、ある意味では白黒、善悪、正否を明瞭にさせようとする国民精神の自立に向けた社会改革の一環とも言えるでしょう。もはや、曖昧模糊として不合理の支配する談合社会、野合社会ではやっていけなくなってきたものでしょう。

 概して過度の裁判は、ある意味では円満な人間関係を大きく阻害することもありますが、別の観点に立てば、これまでの日本式やり方では、信頼、信義、正義などの人間関係が損なわれてきたが故に、裁判で判断を強く求めていかざるを得なくなってきたものでしょう。これは別に嫌悪し排斥するものではなく、国民が自立し、意志を明瞭にし、真の民主主義を啓蒙し鼓舞するためにも、また荒廃しつつある真実、正直、誠実の心を呼び起こし普及させるためにも大いに歓迎すべきでしょう。米国のように、何でも権利を主張して裁判で訴えるのは行き過ぎですが、日本のように、裁判を嫌悪し排斥し圧殺するのも行き過ぎでしょう。これでは、国民性も陰鬱、憂鬱になり、自由で伸び伸びとした健全な個性の発展性も喪失し阻害していくことでしょう。

 先の青色ダイオード事件での裁判の二〇〇億円判決の是非はともかく、会社が提案した二万円は明らかに国際常識から言っても異常なものでしょう。話し合いで解決できなかったからこそ、裁判に持ち込まれていったもので、従来は裁判自体が排斥されてきたもので、それなりの画期的な意識転換の兆候を見るようです。今や日本人の、出る杭を打つ国民性を打開するべく、そして心の正義や信頼感を取り戻すためにも、国民精神に警鐘を鳴らす意味でも、裁判の面から司法改革としても、ようやく欧米先進諸国並に着手し実行してきたと言えるでしょう。裁判は何も西洋の悪しき対立習慣でもなく、人間社会には不可欠な制度であり、歓迎すべきものでしょう。従来の日本人社会には馴染み無いものでしょうが、むしろその日本人社会自体が、談合社会、集団主義社会を形成して、意見や見解、批判や個性、義侠や正義を封じ込めて圧殺してきたものと思います。なお、この裁判は最終的には八億円で和解したようですが、余りにも当初と掛け離れた極端な結果に対し、会社と個人との利益を対等に考慮するという喧嘩両成敗的な玉虫色的決着に、何処までも白黒や勝敗を曖昧にしていく日本的体質を感じないわけにはいきません。また権威ある裁判自体が、このように両極端に揺れるというのも、日本人の国民性を反映しているように思います。

 今日、グローバル経済が益々進展していく状況下で、出る杭を打つの国民性では、二十一世紀の日本の命運を決するのは必定でしょう。何故なら、グローバル化の中心こそ、経済問題であり、その中でも中核を占めるものこそ、特許問題であり、その特許こそ正に合法的に独占権を付与されたもので、「出る杭」であるからです。即ち、嫉妬や妬みによって個人の権利を軽視していくような、正に出る杭を打つの国民性では、特許などの知的財産に対する軽視や無視の蔓延に繋がっていくことでしょう。目下、創造立国とか、知的財産権の尊重などと喧伝されておりますが、現実は、正々堂々と正面から特許契約を締結することが少なく、関心や興味を装って契約するように見せ掛けながら、裏口、横道からアイデアを模倣し盗用していく狡猾な犯罪行為が蔓延しているようです。戦後、日本は米国から特許権の重視を強く教えられてきたものですが、出る杭を尊重するという特許権尊重の米国の国民性を真似しないで、建前の制度のみ掲げて、中身は、出る杭を打つの国民性のまま推移してきているように思います。現在では、逆に、経済発展著しい中国や韓国などのアジア諸国に、日本の優秀な技術が模倣され盗用されている有り様で、全く為すすべもなく、由々しき権利侵害が放置されているのが現状です。今後とも、企業の益々の海外移転に伴う国内空洞化の中で、特許制度の啓蒙普及もさることながら、特許制度の根幹を成す出る杭を尊重するという国民性の変革を達成していかない限り、新たなモノつくり日本の基盤を担う特許制度の空洞化、形骸化を招来して、国家の将来に暗雲を投げ掛けていくものでしょう。

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火山灰による地球環境の救済に関する研究

 投稿者:不動明王  投稿日:2006年 5月 2日(火)22時38分15秒
編集済
   同僚の仙経顕聖氏が、著作を添付して下記のサイトに応募した。果たして賞金を獲得できるのか、大いに楽しみだ。

●研究成果の概要(400〜800字)

 世界最大の未利用資源の砂漠の砂である火山灰を活用した画期的な多機能新素材が発明された。この新素材は極めて高い強度、断熱、耐火、耐久、耐酸・耐アルカリ、耐塩害、防水・防湿、意匠性などの諸性能を有し、内外装不要の構造材に適するコンクリートである。新素材の製造方法は、ガラスの原料精選の過程で大量に発生する廃棄物のキラ等の混和剤を混入させた特殊な火山灰モルタルで、火山礫などの骨材の表面を堅固緻密な被膜体で覆って、常温・常圧で固化させて堅牢なコンクリート体を形成するものである。適切な骨材や補強材を組み合わせて、従来のコンクリート建設材料や鉄鋼や樹脂・石材・木材等にも代替可能で広範な用途に及び、高レベル放射性産業廃棄物の処理にも効果的だ。
 そして、画期的火山灰利用技術に係る火山灰・火山の特質を洞察した仮説として、砂漠の砂こそ火山灰であり、古代エジプトのピラミッドは砂漠の砂である火山灰を常温・常圧で固化した人工火山灰コンクリートであること、また火山噴火の原理はウランなどの放射性物質による原子核分裂反応によるものであり、爆発の瞬間に放射能は消滅するということ、更には、火山内部に豊富なウラン等の希少金属が存在することを示唆するものである。
 これは、画期的な火山灰利用技術や火山灰の優れた特性、火山噴火の原理等に基づいて、資源・エネルギー立国を目指した国家的政策への提言である。即ち、国家の総力を結集して広範な普及・展開により、現下のコンクリートや鉄鋼、樹脂、木材等を巡る諸難題の有効解決から、内需拡大、国土開発、資源・エネルギー消費の大幅削減、各種産業廃棄物処理、各種材料の大幅代替化、砂漠の緑化、火山深部からウランや希少金属の抽出等により、国内外を起死回生させる歴史的材料革命、産業革命、省エネ・省資源革命と多大な効果を招来し、世界有数の資源・エネルギー国に向けた文明史大転換の可能性を提示する。

●当該テーマに関する国内外の研究動向(400〜800字)

 古代ローマ帝国の建造物には豊富な火山灰が利用され、現代でも耐久性を誇っているが、今やその技術は継承されることなく、歴史的混乱の中ですっかり忘却されてしまった。また日本でも、明治の頃に火山灰を利用した構造物が建造され、現在でも小樽運河や各地のダムが残存しているが、極めて高い耐久性や耐候性が確認されている。しかし当時は、火山灰の優れた特性を熟知して積極的に活用したのではなく、偶然にも、周囲に大量に存在した火山灰を建設材料の砂として利用したに過ぎなかった。ところが、近代セメントの大々的な普及と共に、次第に忘れ捨て去られていったのが歴史の流れであった。
 これまで火山灰に関しては、一部の専門家からは、断熱性や耐久性や耐酸性、耐塩害性が良好であることが認識されてはいたが、一般的には、土石流などの災害発生でも解るように、極めて吸水性が高くて脆く、微細な結晶で取り扱いが困難であり、強度も低くて粗悪な代用品、天然の廃棄物との先入観、誤解と偏見に満ちた認識であった。それ故に、建設材料の細骨材として、また火山灰利用の建材でも活用されても強度不足であり、精々が差ほどの強度が要求されない非構造材の分野や混和材の用途に限られていた。例えば、建築分野では内外装材、ブロックや瓦など、また土木の分野では路盤材料として敷き詰められる程度であった。他には容器や置物などの民芸品などの用途に限られる程度であった。
 また現在、天然火山灰を焼成加工してできたシラスバルーンを用いた建材も製産されているが、内部に気泡が残存して断熱性が確保され、また吸水性も改善されて取り扱いが簡単ではあるが、柱や梁などの構造材に適用するには強度不足であり、精々仕上げ材程度である。製造においても、加熱や焼結等の多量の燃料を費消するものである。今回の火山灰利用の画期的新素材は、天然火山灰を無焼成で常温・常圧で固化するものである。

●成果の独創性、革新性、経済社会性へのインパクト(400〜800字)

 新素材は、世界最大の未利用資源である火山灰を常温・常圧の省エネで固化して出来るもので、高度の強度、耐火、防水性を有する多機能・高性能の素材である。一個人が発明した画期的な技術を国益重視で適切な対価で国家が買収管理して、国家の総力を結集して広範な応用・展開を図って、大々的な国家プロジェクトを推進することにより、国内外の経済の窮状を打開する歴史的材料革命、産業革命、省エネ・省資源革命となって、正に文明史の大転換となるものであろう。
 即ち、現下のコンクリートや鉄鋼、樹脂、木材等を巡る諸難題の有効解決から、様々な用途への利用による内需拡大、自然との調和を目指した環境造りへ、火山灰の採取からの国土開発、資源・エネルギー消費の大幅削減から資源エネルギー問題の解決と展望、高レベル放射性廃棄物の処理から各種産業廃棄物処理、鉄鋼や樹脂、石材、木材など、各種材料の大幅代替化、河川や湖沼の浄化とヘドロ処理へ、そして砂漠の砂の火山灰の採取除去により、砂漠の農林緑化の推進等により、広範に亘って多大な効果を招来するものである。
 また、新素材に係る火山灰や火山噴火の原理を巡る考察から、砂漠の砂こそ世界最大の未利用資源の火山灰であり、また古代エジプトとのピラミッドは砂漠の砂の火山灰を現地で常温・常圧で固化した人工火山灰コンクリートであり、更には、火山噴火の原理は、火山深部のウランなどの放射性物質による原子核分裂反応によるもので、爆発の瞬間に放射能は消滅するという、極めて真実に近いと思われる大胆で歴史的な仮説を提示する。
 従って、画期的な新素材技術に基づいて、原油消費の大幅削減を図り、また火山深部のマグマ溜まり内部からのウラン等の各種希少金属資源の抽出により、地球環境・文明の窮状を救い、日本は世界有数の資源・エネルギー国への大転換が可能となるであろう。

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人権擁護法案、オウムが利用

 投稿者:怪人22面相  投稿日:2005年 5月28日(土)18時55分12秒
  人権擁護法案はオウム排斥運動(オウムは出て行け!!)を抑えるためにオウム真理教がこの法律を利用するだろう。
でも、人権擁護委員会は取り合わないだろうけど…。
 

中華系地球市民

 投稿者:パルタック星人  投稿日:2005年 5月17日(火)21時37分29秒
  国粋国際主義者というような意味不明の言葉である。中国に屈服した者は地球市民ではなく、中国派にならねばならない。中華と地球市民とは対立概念である。
中国はカンボジアでも虐殺者と結託してきたし、スーダン・ウズベキスタンでも虐殺者と結託している。そして、何の落ち度もない台湾を孤立させている。台湾が孤立しているのは、拉致をした訳でも、テロや麻薬輸出をした訳でもなく、ただ中国が存在を認めないからだ。自分以外の勢力を絶対に認めないスターリニストのぞましい本性。中国のナショナリズムを批判しない地球市民は似非地球市民である。
 

イラクの自衛隊年内にも撤退か?

 投稿者:怪人22面相  投稿日:2005年 5月 8日(日)15時29分36秒
  ロシアの日本語放送「ロシアの声」の放送によると、
イラク派遣の自衛隊は今年の12月14日までに撤退する可能性があると放送した。
 
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謝る文化・謝らない文化

 投稿者:発行者:O  投稿日:2005年 5月 6日(金)22時37分5秒
編集済
   最近の中共の「反日デモ」の情景を見ながら、昔仕事でイランに出張した時のことを思い出した。イランの首都テヘランはエルブールズ山脈の南、海抜約1,200メートルのところにある美しい高原都市である。冬は寒く雪が降り、道路は凍り、坂が多いので滑りやすく危険である。丁度出かけたのは2月で、現地駐在の商社の方と車に乗り坂道の交差点で停車した。5〜6メートル先を走っていた車も赤信号で止まっていた。ところがブレーキの不備か前方に停車した車が突然滑りだして、こちらの車にドンとぶつかってきたのである。その瞬間前方の車の運転手が降りてきて、こちらの運転手になにやら大声で怒鳴っているのである。何といっているのか、商社の人に聞いたところ、前方の運転手はこちらの運転手に「お前、何をぼやぼやして俺の車にぶつけたのか。弁償しないと警察を呼ぶぞ」と言っているとのこと。本当に唖然として、彼は少々頭がおかしいのではないかと言ったところ、商社の人は「こちらではこれが普通なのです、彼らは決して謝りません」と、平然としていたのを今でも鮮明に覚えている。

 今回の中共のデモでも彼らは決して謝らないのであろう。よく考えてみると、世界の八大文明の中で日本のように謝ることを美徳としている文化・文明は他にないのではないか。日本では他人の家を訪問した時先ず「ご免下さい」と言って謝るのである。何かあると「済みません」、感謝の気持ちを表す場合も有難うより「済みません」という場合が多いようである。本当に悪いことをした場合でも謝れば水に流してあまりしつこく追求しない。謝った後いつまでも拘っていると逆に非難されるのである。東南アジアでメードを使った経験をお持ちの方はご承知と思うが、彼らもなかなか謝らない。一例を挙げれば洗っていた皿を落として割った場合大体「皿が勝手に落ちた。私は悪くない」というような弁解をして謝らない場合が多い。西欧社会もあまり簡単に謝らない。

 これは彼らの宗教・キリスト教にそのもともとの原因があるのかもしれない。旧約聖書の創世記を読むと次のように書いてある。主たる神はアダムにエデンの園の中の“善悪を知る木の実”を食べてはいけない、食べると死ぬぞと言われた。蛇がイブをそそのかし禁断の実をたべさせ、イブはアダムにも食べさせる。それを知った神はアダムに何故食べたのかと問う。アダムは「私と一緒にして下さったあの女が、くれたので食べたのです」と答える。そこで神は女に尋ねる。女は「蛇が私をだましたのです」と答えたと書いてある。決して謝らないのである。人のせいにするのである。もし日本の神話だったらどうであろうか。神様に言われたことに反した時は神様の前に土下座して謝り、許してくださいとお願いするのではないか。これが謝る文化と謝らない文化の違いなのだろう。

 中共の反日デモに関し、事態がここまで来ると日本の代表的A新聞も一応中共を非難している。しかしより多くの反省をすべき点は日本側にあると言う論調を展開している。つまり日本側の謝り方がまだ足りないと言うのである。このような贖罪意識はどのような精神構造から出てくるのであろうか。考えてみるとこれは「他者」と「己」を異なるものと認識できず、同一視する本質的な日本人の幼稚さから来ているものと思われる。日本人も他の国の人も皆同じ、国なんてものがあるのは間違い、我ら地球市民万歳と言った浮ついた思想に毒されているのであろう。長い日本の歴史の中で、我々は共同体意識を大切にし、共同体の中では出来るだけ他者と自己を同一化してきた。そこでは他者と違うことがあまり評価されず、むしろ他者と違うことに対し負の側面が意識され、出来るだけ他者と同一化しようとしてきたのであろう。問題なのはこのような意識が、日本国内だけでなく国際間でも通用するのかと言うことである。日本人の思い込みだけで行動することは場合によっては非常に危険なことなのである。

 誤解を恐れずに言えば、日本人は国際社会の中でも他者と違うこと・異質であることを恐れその違いに対して無意識のうちに目をつぶっているのではないか。現実は日本と大陸諸国とは明らかにものの考え方・価値観において異なる点が多い。この違いをよく認識して立ち向かわねばならない。日本がこれまでやってきた事なかれの謝罪外交がどれ程日本の国益を損なってきたか、一歩譲って日本が悪くなくても謝る事で事態がよくなるのであれば、それなりの妥当性はある。しかし現実は謝れば謝るほど事態が悪化することに政治家も左翼文化人も左翼マスコミも、さらに多くの国民も気付くべきである。早く目を覚まし自分の頭で考える日本人が増えないと日本の将来はない。当会の狙いはそのようなものの本質をきっちり見極める賢い日本人が一人でも増えるよう活動しているのである。
 

オキナワ

 投稿者:豊松  投稿日:2005年 4月26日(火)00時46分40秒
  沖縄本島はわかりませんが、八重山に関していえば台湾に吸収されることは十分ありえるのではないかと思います。
一説によると左翼・在日が沖縄に移住して反日運動を繰り広げているとのことです。在日に至っては特権をいかし沖縄固有の苗字を名乗るなどしているようです。
最近、在日の中で第三勢力が増えているようです。朝鮮総連系でも民潭系でもなく地球市民系です。日本が中国に屈服すればおのずと朝鮮も同じ運命なのですが、この地球市民系在日は、そんな発想がないのか、それともわかってやっているのか、そんなことをものともせずに反日運動に熱心です。黙っていれば日本人が中華系地球市民に身を落とすのも時間の問題でしょう。
 
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3.異常気象の原因は放射能核実験による放射能塵であろうが、その放射能塵の核心こそはガンマ光線の可能性もあろう

 投稿者:不動明王  投稿日:2005年 4月26日(火)00時21分37秒
   ところが一方、人為的に核爆発を起して放出せしめた大量の危険な放射能塵は爆発の規模や頻度の大きさによって、実に世界的で極端で長期的な異常気象を引き起すばかりでなく、地上に降下して来た折にも、水や農作物等に浸透して、これを飲食する人間の身体内部にまで間接的に、また直接的に侵入して諸々の悪影響を及ぼして環境を破壊して行くのであります。そしてこの放射性物質が核壊変して放射能が消去する迄には、実に天文学的な時間を要するものであります。大量の放射能塵による長期に亘る諸影響は、現在の科学では充分に解明し尽くしているとは言い難いものでしょう。実のところ、殆んど解っていないのが真相ではないかと思われます。

 今後とも、極端な異常気象の主要な原因は放射性物質によって引き起こされて行くものと確信できます。太古史における幾多の気候激変によって、某る種の動植物が急速に絶滅したり、突然変異的に出現したりして来ているのも、宇宙からの各種の放射線(太陽の高エネルギー粒子・宇宙線)や地球内部からの諸々の放射線・素粒子の大量放出が、何かの原因で発生した為に起こったものと推察されます。

 先日も、某大学の地球環境問題を研究する教授の方との講演会後の懇親会の席で、以前に当方が指摘した地球温暖化や異常気象の原因が放射性核実験による放射能塵であるとことを覚えていて下さり、最近の研究では、大気圏外の太陽光線、紫外線、宇宙線による影響を決して無視できないと言っておられて、もう少しで、当方の見解に到達していくことになるのではと思っております。即ち、放射性塵が太陽光線や紫外線に影響を及ぼし、その結果、地球の異常気象や温暖化に大きく関係していると言うことです。なお、当方の指摘するように、地球温暖化などの異常気象は、実に放射能核実験による放射性塵であるとの仮説は、世界中の科学者も指摘していないようです。

 ところで、異常気象の真の原因は、実に放射能核実験による放射性塵であるとの指摘は、聖心先生が教えて下さったものであり、ただ放射性塵の中の何が最大の要因であるのかは確認してはおりませんが、案外、鋭いご指摘のようにガンマー光線である可能性もありましょう。当方もその分野の研究者ならば、ノーベル賞を受賞するぐらいの情熱を傾けて、色々と研究し検証していくものですが、如何せん、その道の専門家でもない故に、専門雑誌に投稿することも出来ないのが残念であります。当方が何らかの権威者或いは権力者にでも成れば、その立場を利用して世界に訴える方法もあろうかと思いますが、今のところ、全くなす術(すべ)が無く、専門家の方々が当方の仮説を注目して実証してくれることを期待するものです。

 それでも日本人は全く駄目でしょう。何故なら、自ら仮説すら提示することもなく、他人の仮説に対しても、検証してみようとする関心すらもないからです。欧米の研究者は、自ら仮説を立てて実証していく姿勢が強いのですが、日本では総理や英語堪能な大臣ですら、国会答弁で仮定のことには答えられないとか言っている有様で、研究者においても、実証されてもいない仮説の提起は出来ないなどと、本末転倒で、当たり前の理論に終始しているようです。証明されていないが故の仮説であることが解っていないようです。その内に、当方の指摘が広く浸透して行くに連れて誰かが科学的に解明して下さることでしょう。
 
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2.異常気象の原因は放射能核実験による放射能塵であろうが、その放射能塵の核心こそはガンマ光線の可能性もあろう

 投稿者:不動明王  投稿日:2005年 4月26日(火)00時20分31秒
   然らば、今日の様に地球上で酷暑・酷寒の極端なる温度激変の異常気象を発生させ、農作物の収穫を始め、魚の移動にまで多大なる影響を及ぼしつつある真の異常気象は、一体何に由来していると言えるのでしょうか。残念ながら、目下のところ明確に解明されてはいないようです。なお、先述したように、炭酸ガスや窒素酸化物も、酸性雨や光化学スモッグの大気汚染の原因にはなっても、今日の極めて深刻な地球温暖化現象などの異常気象の主因ではない様に思われます。

 想うに、今日の世界的で極端なる異常気象は、実に火山灰や火山塵と一見よく似た微細な物質を空中に大量に且つ頻繁に放出させている人為的な大爆発に起因しているものと推定されるものです。即ち、1960年代頃から多発化して、これまでに1800回以上も実施された原水爆の核実験による大量の放射能塵の空中への放出であります。特に原水爆の核実験が始まって活発化して来た第二次世界大戦後において、台風の進路や速度等の諸性状も著しく変化して異常化して来ており、異常気象も世界的な規模で長期化且つ極端化して来ているのであります。日本の気象庁も、近年の異常気象は、特に1960年代に入ってから活発になったと認めているようです。

 火山の爆発と原爆による核爆発は、実に様々な面で類似しているものです。放出される火山灰や火山塵と、放射能塵とも互いに微粒子であり、反応性(吸着性)に富み様々なイオンや物質を付着させるものと思われます。ただ一点のみ性質を大きく異にするものです。それは、火山灰や火山塵には放射能が極めて少ないか殆んど無いのに対し、核実験による放射能塵には極めて大量の放射能が含有されているということであります。放射性塵が成層圏などの地球環境・生態系を狂わせているものです。

 そして、この放射能塵は、火山灰や火山塵と同様に、空中高く舞い上って一部は8千から1万メートルもの成層圏に達して太陽からの紫外線を吸収したり、反射、錯乱したり、また大気圏の水蒸気層にも何らかの影響を与えるものと思われます。しかし、この放射能塵は、火山灰や火山塵と異なり放射能を大量に含有しているが為に、単なる吸着や吸収では済まされす、物理化学的に複雑な諸々の反応を引き起こし、大気圏全般に百って様々な未解明の生態系の破壊現象を招来させることになるものと思われます。

 火山灰は、一見、異常気象として人類に悪影響を及ぼす様に見えますが、降下して風化して来た折りには恵まれた気候環境の下で、有益な肥料効果を発揮して肥沃な大地を提供し、人類に大きく貢献してくれているのであります。これは雪の場合も同様であります。大自然の様々な現象は、一見、災害と見えても、結果的には多大なる恩恵を与えてくれているのです。
 
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1.異常気象の原因は放射能核実験による放射能塵であろうが、その放射能塵の核心こそはガンマ光線の可能性もあろう 

 投稿者:不動明王  投稿日:2005年 4月26日(火)00時19分27秒
   異常気象の原因は放射能核実験による放射能塵であろうと既にHPで指摘しておりますが、その核心こそがガンマ光線であるとする根拠は如何なるものでしょうか。?差し支えなかったら教えて下さい。

 現在の世界的な異常気象や地球温暖化の主要な原因は炭酸ガスやフロンガスでは無いように思われることは指摘してあります。何故なら、空気より重い炭酸ガスやフロンガスは3千メートルの対流圏までは舞い上がっても、8千から1万メートル上空の成層圏まで舞い上がることはないからです。炭酸ガスは、光化学スモッグや酸性雨などの大気汚染の原因にはなっても、地球温暖化や異常気象の主因ではないように思われます。

 今日、地球的規模での異常気象の原因として様々なものが考えられており、その中でも、地球温暖化現象の真因として、目下、炭酸ガスの発生がメタンガスに間接的に影響を及ぼしていく間接効果ガス説なるものによって、炭酸ガスが犯人としてあげられているようですが、真実のところ、主要な原因は何も解っていないようです。火山噴火による火山灰も気象の異常化の原因として指摘されており、確かに、火山の大噴火や爆発後は局所的に寒冷化し、その後に冷害として農作物の生育に影響を与えることもあるようですが、異常気象に与える影響は短期であり主因ではないように思います。

 即ち、火山の爆発が強力である程、微細な粒子の火山灰や火山塵は空中高く放出されて、一部は成層圏にまで達することがああります。火山灰は極めて吸着性に富んだ複雑な結晶の物質であり、空中に漂流して落下して来る間にも実に様々なイオンや物質を吸着して来るものです。火山灰のこの吸着性は太陽からの紫外線をもよく吸収し、また大気圏の水蒸気をも実によく吸収するものと思われます。その為に、太陽からの紫外線の地上への浸透が極度に低下し、太陽光線(宇宙線)に異常な拡散・反射現象を引き起こして、局部的に寒冷化等の異常気象を招来させるものと考えられます。

 ぞして火山灰中のガラス質微粉末は、特に太陽光線を反射して透過させない為に、一時的に日射を遮断することもあり得るでしょう。また、大気圏の水蒸気層は、本来、太陽光線や熱の地球上に対する極度の浸透を防止したり、逆に、地上から大気圏外への極度の放熱を防ぐ為の調整機能を有しているものです。その為に、火山灰による水蒸気の部分的吸収も、大気圏水蒸気層の本来の機能に何らかの影響を与え、その結果、異常気象にも少なからぬ関係を有するものと考えられるものです。

 しかしながら、火山灰が空中に漂流している間は通常は1年程であるます。時折、世界的な且つ歴史的な大噴火の際には3年程も空中に滞留していることもありますが、極めて希有であります。今日、世界的な火山の大爆発は年に4〜5回程であり、その都度、空中に放出される火山灰によって、地域的に寒冷化等の異常気象が一時的に発生していますが、現在の様な世界的な異常気象の直接的原因ではない様に思われます。即ち、火山灰や火山塵が極めて大量に且つ長期間に亘って噴出される様な大噴火が、世界各地で頻繁に発生しない限り、今日見られる様な世界的規模での長期に言る深刻な異常気象とはなり得ないものです。
 
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3.中国の狡猾な打算が誤算に変わり、日本の善意の甘い計算も誤算に終わるであろう

 投稿者:不動明王  投稿日:2005年 4月26日(火)00時18分26秒
   既に、中国の人件費も土地代も高騰化し、不動産バブルの崩壊も急迫化してきたようだ。そして日本と中国の貿易も峠を過ぎて現象傾向に転じたようだ。中国側の日本からの鉄鋼輸入も前月比で3割減であり、貿易も米国、ドイツに次いで3位に転落した。それに対中輸出も、生産財が大半を占めてきたが、これが皮肉にも功を奏して、次第に中国が生産機能を充実して行くに連れて、逆に日本の貿易赤字に拍車を掛けて行くであろうと憂慮されるものだ。対中進出企業の9割もが赤字だし、利益を上げている企業にしても、狡猾に利益を還元させられているのが現状だ。その内に身包み剥がされて行くであろうと思わざるを得ない。

 日本は余りにも、中国人の真の国民性、民族性を知らないように思われる。実に日本人を数倍も上回る狡猾性と残忍性であろうと思われる。案外、日本人にも流れている狡猾さや残忍性も中国伝来のものであろうと思われる。漢字文化に象徴されるような複雑な意味深長な言い回しであり、建て前と本音を使い分ける狡猾さであり巧妙さであろう。何よりも、日本も米国との経済摩擦により、いやと言うほど知的所有権の重要性について学ばされたことか。今度は対米よりも対中貿易が拡大しているからと言っても、知的所有権に関しては、狡猾で欺瞞に満ちた商慣習に思い知らされるであろうと懸念される。

 聖心先生も指摘されたことだが、中国分裂の可能性は十分にあり得るものであり、今回の事件は中国大激動の幕開けとなるであろう。その際には、大量の難民が発生することは勿論であるが、どさくさに紛れて、台湾と沖縄が一緒になって独立を目指すであろうと言うことであった。現在の沖縄の過大な米軍基地、そして日本政府の不甲斐ない米国追従の外交姿勢からすると、沖縄が反旗を翻して、台湾にくっつく可能性も充分に考えられるものだ。また中国の代理となって、台湾が沖縄を吸収していく可能性が高いと指摘されておられた。

 過去には僅かな一発の銃声やデモから世界大動乱へと大きく発展していったケースもあった。今回の反日暴動にしても、決して、小さな事件として扱ったり受け止めてはならない。もっとも過剰な対応にも問題があり、極めて沈着冷静に対処することは当然だが、遠い将来の中国激震を予感させるものだ。正に弾圧か、民主化か、それとも反政府運動を愛国無罪にして反日に誘導するかであろう。しかし、これらは何れも同根であり同質のものであり、表裏一体であるのも確かだ。即ち、民主化すればするほど分裂崩壊を誘い、反日を誘導すればするほど、また下手に弾圧すればするほど、反政府運動に転化する恐れがあり、実に中国政府にとっては危険な賭であり、舵取りを誤れば、共産党一党独裁の政権を崩壊させ終焉させて行くであろう。
 
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2.中国の狡猾な打算が誤算に変わり、日本の善意の甘い計算も誤算に終わるであろう

 投稿者:不動明王  投稿日:2005年 4月26日(火)00時16分32秒
   それにしても、過去を水に流すアッサリとした善良な健忘症の日本人の国民性と異なって、戦後60年を経過しても、なおも執拗に大東亜戦争における日本の侵略行為を攻撃するとは、何ともしつこい嫉妬深く獰猛な民族性だ。アフリカや東南アジア諸国などは、300年以上にも亘って、西洋列強の植民地支配になってきた経緯からすると、実に白々しい気持ちであろう。また対中国への侵略行為とは言っても、中国漢民族に取っては、戦後は満州族の東北地方を侵略し、モンゴル族の内モンゴルを侵略し、チベット族のチベットを侵略したのではなかったのか。これを侵略と言わなくて何と言うのか。

 今回の反日暴動の背後には何か裏がありそうだ。案外、日中を反目させ対立させる謀略勢力が暗躍しているものであろう。しかし、中国自身が故意に反日を誘導して、その日中離反や対立を画策する謀略に積極的に乗じられていくならば、自らの崩壊を早めていくしかなく、日本も国家の命運を賭けて歴史的総決算の全面的対立も仕方ないであろうと思われる。即ち、日本も、謀略を仕掛ける勢力と、謀略に乗じられる勢力との際どい二正面作戦を迫られるというものだ。

 その予兆を示すのが北京政府の暴徒への黙認であり擁護の姿勢である。国民の不満の攻撃対象を、政府から日本に向けさせる魂胆であろうが、これは裏目に出て誤算に終わるであろうと思われる。何故なら、これにより、中国投資が如何に危険であるかを全世界に宣伝したも同然であり、今度とも外国企業の投資が慎重になって大きく減退していくものと思われるからだ。場合によっては北京オリンピックにも影響が現れるであろうと思われる。この危険性に気付いた政府は、急に抑止し始めたが、最早手遅れであり、その内に天安門事件のように、遠い将来は反政府運動となって燃え広がって行くであろう。

 当方は、今から10年ほど前に、某企業を訪問した際に、偶々当方の経験と経歴に絡んで、役員である工場長から、中国進出の是非を聴かれたことがあった。その時には、当面は外資優遇策もあって、多いに関心をそそられるであろうが、長期的に見れば、極めて危険であり、かつての満州に残してきた資産と同じ運命を辿るであろうと指摘しておいた。即ち、出きることなら、中国進出は止めた方が良いだろう、外資優遇策もその内に廃止されるであろうと言っておいたのを想い出した。目下の反日運動の高まりを見て、その心境は如何なるものであろうかと推察するが、もっと深刻な影響を受けていかない限り気付かないであろうと思われる。
 

1.中国の狡猾な打算が誤算に変わり、日本の善意の甘い計算も誤算に終わるであろう

 投稿者:不動明王  投稿日:2005年 4月26日(火)00時14分56秒
   今回の中国全土に拡大した反政府運動は、背後で巧妙に誘導した者が存在するものと思われ、また中国政府も何らかの形で暗黙の了解を与えていた節があるものと勘ぐらざるを得ない。その証拠に中国政府は何らデモを抑止しようともしなかったし、その後も謝罪もしなかったし、弁償すると言う姿勢すら見せなかった。終始、強硬な対日姿勢を貫いてデモ隊に迎合するように対応したが、これは後日、中国政府にとっては自らに跳ね返ってきて大きなマイナスとなるだろう。即ち、危険な中国という印象を全世界に与えたからだ。

 ところで、デモ隊は大きく言って二派に分かれるようだ。一つは20歳前後の反日教育を受けてきた若者でネット社会の連中だ。もう一つは、都会の下層階級の連中だ。両者は同じ行動を取ったが、明らかに意図や目的が異なるというものだ。前者は反日を中心とした愛国教育の成果であり、北京政府はその効果ににんまりとしているものであろう。後者は、北京政府にとっては、貧困に対する不満に火が付けば、何時でも反政府的行動になり得るものであり、可成り脅威となっているはずだ。それでも農民層ほどの貧困層ではないが、何時反日が反政府に転化するか解らない危険なものだ。

 今回は、中国政府は国民の不満をまんまと日本に向けさせることに成功したと思っているが、この狡猾な打算が、とんでもない誤算に終わるであろう。現在中国では、農民暴動が頻発化している。それも半端な数ではなく、実に5万とか10万とか言った膨大な数である。偶々今回は、農民が参加していないが、農民にとっては反日などどうでも良いものであり、自らの困窮せる生活の改善が緊急課題であり、暴動の核心も政府に対する抗議運動であるものだ。

 暴動の結果に対して、領事館襲撃などに対して、中国政府が何ら予防措置をとらなかったことは、明らかにウイーン条約違反である。破損に対する損害賠償も、領事館の大家や民間の団体から善意の提示があったが、とんでもない勘違いというものだ。暴徒の国民の責任を政府が取らなくてどうするのか。民間が賠償しても、単なる損失補填でしかなく、責任まで負担したものではない。大家が修復するのも当たり前のことでしかない。政府が賠償してこそ責任を取ったことになるというものだ。単に賠償すればいいと言うものではない、これを放置すれば返って、おかしな結末に至るというものだ。むしろ、暴徒の犯行の後を永久保存した方が良いだろう。
 
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